引越遍歴

リモートワークで家にいる時間が圧倒的に長いので、引越を考えております。

いろいろと検討してるのですが何を軸にすべきかで決めあぐねてます。

そこで、今までの引越遍歴を振り返ってみたいと思います。


①日吉

初めて一人暮らしを経験した場所です。

新卒で入社した会社を辞め、作曲家を目指す決意をしてました。

貯金が尽きてからは携帯ショップでバイトしてました。

仕事は精神的にしんどかったですが、今考えても良い思い出になってます。

1年半くらい住んでました。


②新大久保

マルチ商法にガッツリ洗脳されてる時、人脈を増やす為に実家からシェアハウスに引越ました。

ドミトリーという自分のスペースがベッドしかないところでした。

借金300万円を返済する為、昼はコールセンター、夜はジョナサンでバイトしてました。

仕事はかなりキツかったですが、割と良い思い出になってます。

1年くらい住んでました。


③西船橋

久しぶりに音楽熱が再燃し、音楽スタジオがあるシェアハウスに引っ越しました。

個室タイプで施設が豪華だった事もあり、共益費がバカクソ高かったです。

新大久保と通勤時間は変わらないのに、かなりしんどかったのを覚えてます。

ここはあまり良い思い出はないです。

3カ月だけ住んでました。


④虎ノ門

職場から徒歩で通えるところに住みたいということでシェアハウスに引越。

ドミトリータイプで外装はけっこうボロかったけど、割と中は綺麗でした(週6で掃除のおばちゃんがいた)

仕事が激しんどくて、追い込まれて鬱になり苦手だと思ってた人に助けてもらってりいろいろありました。

3DCGのスクールに通い始めたり、仕事のストレスからアキバでフィギュア爆買いしてました。

夜は近所の虎ノ門ヒルズに入ったり(不法侵入ではありませんw)

土日の朝、近くのナチュラルローソンで小倉クロワッサンとコーヒーを食べてスクールに通ってました。

人生の分岐点にもなったので、1番良い思い出があります。

ここは半年くらい住んでました。


⑤舎人

今より広い部屋に住みたいという事で虎ノ門から引越しました。

20社を超える3DCGの会社に書類を送っても全部落ちてました。

なかなか仕事が見つからない焦りもあり、精神状態はとても悪かったです。

結局、貯金も底を付きて単発でコールセンターのバイトしてました。

何とかCGの仕事につけましたが、そこも2カ月でクビになってしまいます。

ここは一番良い思い出がありません。

1年くらい住んでました。


という事で、部屋の特徴を踏まえつつ良かった順に並べると


1位

虎ノ門

ドミトリータイプのシェアハウス。築年数が古い割には割ときれいめだった。

生活水準は最低。


2位

日吉

1Kの築20年(当時)

部屋はそこまで広くない。

横浜へも渋谷へも割と近いのでアクセスは良いと思う。


3位

新大久保

ドミトリータイプのシェアハウス。建物自体はきれいめ。

山手線なのでアクセスが良い


4位

西船橋

個室タイプのシェアハウス。設備は豪華。

都心へのアクセスが良くない。


5位

舎人

新築の1K。広さは30㎡あった。

アクセスが最悪。舎人ライナーが激混で通勤がしんどかった。



こうして見返してみると、自分は都会に住みたいってことが何となく見えてきました。

部屋の設備よりも土地の雰囲気を重視しているのかもしれません。


いや、そもそも良い思い出にする為に引越がしたいのか...?

虎ノ門に住んでる当時は結局、広い部屋に住みたいって引っ越してるくらいだからストレスもあったはず。

今のこの状況だったら西船橋の時みたいなアクセス悪くても設備が良いところの方が実際は快適に過ごせたりするのではないか?

アクセスなのか、快適な生活をしたいのか、この辺の軸をしっかり定めたいと思います。


4回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

結婚して子供いる事をやたらアピールする人と、全くしない人を見てきました。 童貞の自分としてはその度にムキーッとハンカチを噛み締める思いをしてきました。 ある時、ふと思いました。 妻子持ちアピールしたがる人は、承認欲求が人一倍強い人なのではと。 「結婚して一人前」という考えに縛られていて、自分の格を上げるために結婚という手段を取った人なのではと。 自分とは違う自己肯定感の上げ方をしているだけに過ぎな

昨夜、ケータイに爆音で鳴りまくりでした。 TVでも「津波逃げて」と表示されてるし、ここまで鳴るのであれば今回は大事だと思い避難しようと外に出ました。 避難場所の小学校にいても自分と同じような人が一人いるだけで、普通に閉まってました。 1時間待機してましたが、結局寒さに耐えれず家に帰って寝ました。 よく見たら、0.2mの津波と表示されてたので家にいても何とかなったのでは・・・ ただ、避難場所の経路を

過去にソフトバ〇クで事務のバイトをしてた時、自分が追い込まれたときに救ってくれた山本さんの夢を見ました。 その人は山梨から東京に来てて、地元ではキャバクラのオーナーをやってる40代の人で、趣味が絵の人。 自分がもう一度会いたいと思う数少ない御方です。 ちょうど自分がCGの道に進もうとしてた頃で、連絡先を聞きそびれたのが悔いです。